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フットボールはバーカウンターのモニターの中で緑色に輝いていた

フットボールはバーカウンターのモニターの中で緑色に輝いていた

頭上のモニターの中では、色あざやかな緑色が輝いている。

その頃の俺の居場所は、マッドマックスの舞台となる近未来の廃墟みたいなバーの片隅だった。そしてそこから、いつもそのまぶしい緑色。
深夜のプレミアリーグ。
そして、場所は六本木。

バーがあったのは、路地のどんづまりにある墓地の崖の上。墓堀人がつくった見張塔かのように、崖の上に突き出てビルがあった。バーはその一階。オーナーは「六本木心中」の頃に、かなりいかがわしい仕事とディスコ経営でしこたま儲けて、その危ない橋を渡りつつ稼いだ金をもとに、恋人のユダヤ人とともにイスラエルに渡り、そこで日本人向けのバーをはじめて、三年で店を潰して帰ってきた人だ。
2年かそこら、サラリーマンをやりながら、その店のハウスDJとして過ごしていた。
金曜日の会社を勤めあげてから、会社近くの路地に違法駐車したパジェロミニで六本木に向かい、そのまま朝まで、年寄りの外人と、スターウォーズの登場人物なみにバラエティに富んだ、得体の知れない日本人の常連客を相手に朝までまわしつづける。


客が常連だけの時間帯になると、レコードは適当に長めの歌モノのハウスをかけてからDJブースから出てきて、適当に客の相手をする。
不動産屋に雇われた用心棒のバングラディシュ人、発売日にはワールドサッカーダイジェストを小脇にかかえてくる銀座の某有名店のSM嬢、全く聞いたこともないイングランドの4部リーグ(?)のクラブチームのファンである隣の店のイギリス人バーテンダー、日本語が全く出来ないくせにJリーグの事情にやたらに詳しいアルゼンチン人のバッタもんユニ売りの兄ちゃん。深夜の代表戦になると必ずモニターの前で一緒になる六本木の沖縄料理屋の息子と知り合ったのもこの頃。そういえば、とりつぶされるのを阻止するべく反対運動が巻き起こっていた某大学の寮に住みついた、妙チキリンな詩のようなものを一晩中メモっている新潟生まれの無職のコには、中上健次の「化粧」と金子達仁の単行本を貸したままだ。
客が少ないときに、ドアーズのライダーズ・オン・ザ・ストームをかけると、ドアーズ好きなイスラエル人のコがDJブースのターンテーブル越しに話しかけてきて、それから何故かマッカビハイファの話で盛り上がった。そのまま店が閉まってからラブホテルに行き、起きてからスカパーのJリーグの再放送を観て別れた。
懐ぶりの良そうなヤツはダメだが、それ以外のこの街に住みついた連中なら、だいたいどこの国の人間でもサッカーの話は出来た。そして、それがとても楽しかった。

この時代が自分にとってサッカーが一番面白かった時代だ。ヘンな話だが、レコードをつないでいく合間に見ていたサッカーだ。しかし、サッカーは、バーカウンターに吊るされたモニターの中にまぶしく輝いていた。

 勤めていたゲーム会社を辞めて、サッカーバーをやろうと決めたのはそれからしばらく先だ。あの緑色の発光体だけを肴に酒が飲める店をやろう、と。
 シドニーでアメリカに延長戦−PKの末に負け、そしてアジアカップではトルシエの下で2度目の優勝した頃。だから、そんな昔の話ではない。まるでノモンハン事件のように欧州という壁にぶちあたった惨めなサンドニの敗戦は、その決心のすぐ後。そして、退職金と貯金をいっさいがっさい投入し、小さな店を渋谷のはずれににつくってみた。ビールを注ぎ、カクテルをつくるための氷を砕き、注文が入れば料理をつくる。そして、当たり前のようにうまくはいかなかったその店をたたみ、また六本木に戻ってきてから、懲りずに友人と、2軒目のバーをつくった。なんとなくそんなことを繰り返して現在に至る。

 いろんなやつと会いたいし、たくさんの人間の物語を聞きたい。サッカーには申し訳ないけれど、自分にとってはサッカーはそのためのひとつの手段なのかも知れない。今でもそれは変わらない。

以上は、テレビに映るピッチの緑色の光線にやられちまった、バチ当たりで愚か者であるサッカーバーの店主のどうでもいい話である。

さて、あなたがスポーツバーに行くのならば、カウンターの中の人と話してみるがいいと思う。 自分が浴びたそれと似たによったりの、あの緑色の光線にやられちまった人たちばかりだということに気がつくはず。

サッカーをめぐる物語はピッチにだけあるのではないのだよ。
たまにはバーカウンターの中にある物語も耳をすませて聴いてみたらいかがか。
みんなサッカーの物語につつまれて、心地よい愉楽の中にいる。
伝票と資金繰りと代表戦の日程に一喜一憂しながら。

2005年8月

ますたろう


ますたろう

生年月日不明。
サッカー紙誌にて数々のコラムを執筆するJリーグのサポーター界で有名なブロガーであり、現役のゴール裏住人。氏のブログ=「フットボールは未来の兵器である」では鋭い切り口で「サポーター論」や「サッカー時評」が展開される。ブログにて不定期に告知されるイベントに参加すれば直接あえるかも!?